織ることは日常そのもの。八王子産地を物語る貴重な工場を見つけました

中野上町で少し耳が遠い83才のおばあちゃんが、味のあるこうばで織物を作っています。

おばあちゃんは80年以上続くこのこうばで、60年以上織物を織っているそう。時代の移り変わりとともに、男性用の着物地からネクタイ地、服地まで、天然繊維を中心にあらゆる素材の生地を織ってきました。

こうばの中は全てがアンティーク。入り口には、今ではあまり見なくなった着尺巾の織機が、荷物の下に埋もれていました。その着尺用の織機ではかつて着物地だけではなく、ネクタイ地も織っていたそうです。

おばあちゃんが現在動かしている織機は、八王子市長沼で作られた「高橋式絹化繊織機」と呼ばれるもの。かつて八王子に織機メーカーがあったことに驚いたと同時に、繊維産地八王子ならではの面影を見ることができて嬉しくなりました。

おばあちゃんは現在、唯一動かしているその高橋式織機で細いシルクや麻、アルパカの糸を使ったストールを織っています。

細い天然繊維をゆっくりとしたシャトルで織っているため効率は良くないけれど、その分とても柔らかい風合いのストール生地に仕上がっていました。

おばあちゃんは嫁いでから60年以上、同じ場所でこうばを守っています。旦那さんが亡くなった後も、賃機屋として生地を織り続けてきました。だから足腰が悪く日頃杖をついていても、こうばでの足取りはとてもスムーズです。

旦那さんが亡くなってから数年前までは、3台の織機を1人で動かしていたそうですが、身体を壊してからは1台しか動かしていないそうです。

旦那さんを亡くしても身体を壊しても、60年以上立ち続けている居場所を簡単に去ることはできないのだと思います。調子が悪い機械に頭を悩ませながらも、愛着がある機械や道具に触れるとき、とても優しそうに笑っていました。その姿からは、機織りが日常に染み付き、純粋に糸や機械に向き合うことを楽しんでいることが伝わってきます。

長らく日本のファッション産業を支えてきた八王子の織物メーカー、元みやしんの生地も織っていたそうです。「みやしんさんはこだわりが強かったわね 。整経し終わった後に『なんか違う』と言われてやり直したこともあるのよ 笑」と、困ったような笑顔で当時の思い出を語ってくれました。

八王子は都心に近い繊維産地であるため、アパレルやデザイナーとともに仕事をしてきました。おばあちゃんの工場も、ブランドからの斬新な要求に応え続けてきた織物メーカーを支えてきた工場の1つです。話から、いかに八王子産地がこだわりの詰まったものづくりをしていたか垣間見えました。

八王子産地を語る上で貴重な織物工場です。家の前を通る際は、かすかに聞こえてくるシャトルの音に耳を傾け、「お、今日も動かしてるな」と確認してみてはいかがでしょうか。

text:森口理緒